社会学前期レポート
1. 受益圏・受苦圏概念から考える環境社会学(第9講)
環境社会学で扱う『環境』とは狭義の環境のことであり、簡潔にいえば自然環境である。つまり環境社会学の研究対象は、狭義の環境(自然環境)と人々との相互関係、あるいは人々の相互関係の中にあらわれてくる狭義の環境となる。
日本において、環境社会学はそれぞれの研究対象ごとに「環境問題の社会学」、「環境共存の社会学」、「環境行動の社会学」、「環境意識・文化の社会学」と、主に4つの類型にわかれて展開されている。そのうち今回は「環境問題の社会学」について深く検討していく。
「環境問題の社会学」とは、環境問題が作り出される社会的仕組み(加害構造)や、問題によって被害を受ける人々の階層的地域的人種的特徴とさまざまな被害の関連(被害構造)、被害を克服するための努力、加害や被害を増幅するような社会的仕組み、制度、化学や技術、メディアなどの対応、影響、効果などを研究するものである。一般に、環境問題の社会学研究は、被害論・加害論・解決論の3つから構成されているという(船橋,1995, 5項)。
具体的な例としては、大規模公共事業をめぐる社会問題にアプローチする代表的な論理となっている受益圏・受苦圏概念があげられる。受益圏・受苦圏概念の主唱者である船橋晴俊によれば、「受益圏」とは「ある社会資本の建設に伴う受益者の集合」(船橋, 1985, 77項)のことであり、一方「受苦圏」とは(ある社会資本の建設に伴う)「受苦者の集合」(同)とそれぞれを簡潔に定義した。そこで、たとえば廃棄物処理場などの大規模な公共施設の場合、受益圏は主として廃棄物を出す工業地域や都市部などの中心部となるのに対して、甚大な生活被害を受ける受苦圏は建設地付近の周辺部の住民のみに局地化する事になる。つまり受益圏と受苦圏がそれぞれ完全に分離され、当該の問題認識に大きなズレが生じるため、問題解決が難しくなる。このように受益圏・受苦圏概念は、現代社会の大規模公共事業をめぐる環境問題の構造的特質をうまく析出している。

2. 受益圏・受苦圏概念からの環境問題解決
ここからは受益圏・受苦圏概念からの環境問題の解決への道を考える。具体的にはこの観点から環境問題を見た時、解決の妨げとなる大きな問題として「当該問題に対する受益者、受苦者の間の認識のズレ」が挙げられるため、この問題の解消を考えていく。第一に考えたのは「受益圏と受苦圏の一致」である。たとえばムラなど小規模な地域において建設されるゴミ処分場などの比較的小さな公共施設を見ると、その施設を享受する受益圏も、その施設によって被害を受ける受苦圏も、ともにそこの住民となるため、それぞれの圏域が重なる事となる。そのため当該の問題認識に大きなズレは生じることはなく、問題の解決は容易になる。これを現在の環境問題に適応させると、原子力発電所などの大規模な公共施設を、その施設を享受する受益圏、中心部に建設することにより、受苦圏も中心部に配置することとなる。中心部からの反対の声は大きいだろうが、利益を享受する者と、損害を被る者とが異なることは明らかに公正でなく、是正されるべきである。しかし、ここで問題となるのは大規模公共事業を計画・立案する国などの行政組織は、受益圏の「集約的代弁者」(梶田, 1988, 5項)の役割を担っているため、その計画にみずからの意思を反映させることができない地域に迷惑施設が設置され、受苦圏となっている現在の構造であり、構造の変革がない限りこういった解決は難しい。
第二に考えたのは「受苦圏の住民と行政の対話の設定」である。これは「当該問題に対する受益者、受苦者の間の認識のズレ」を対話の設定、つまり話し合うことによって解消していこうとするアプローチである。現在の大規模公共事業をめぐる環境問題は、当該環境を享受してきた地元住民や一般市民の意思がまったく反映されていない状況である。そのため、公共事業などの社会的意思決定の中に当該環境を利用してきた住民や市民の意思を介在させる必要となり、このため行政と住民、市民が合同して社会的意思決定を行なう機関の設置が必要となる。船橋晴俊は、この社会的な意思決定の場を「公論形成の場」とよび、「社会を組織化する普遍性のある原理原則や価値や真理や評価基準」と「行政組織に対する影響力」のふたつが求められるとした(船橋, 1998, 149項)。しかし、このような討議の場を設定することだけで、問題が解決されるわけではなく、そこで行政と地元住民がどういった話し合いをするかが重要になり、それを検討していかなければならない。なぜなら両者の平等性や議論の公開性を阻害する会話的メカニズムが働くことにより、両者が合意に至らないことがよくあるためである。この会話的メカニズムの解明が「公論形成の場」を支えることとなる。
 これらの「当該問題に対する受益者、受苦者の間の認識のズレ」の解決策の成功には、受益者が受苦者の環境を知ることや、その損害を自分たちも背負わねばならないという認識が重要である。

3. 前期授業の感想、改善点、意見
社会学という学問からの視点で都市や家族、環境問題といった身近なテーマで行われた授業だったので、わかりやすく、最後まで興味を持って授業に望めました。ただ、出席メールについてなのですが、二回目に送ったメールの返信が現時点では届いておらず、しっかりと届いているのか心配です。一回目に送った時に丁寧な返信をいただいてとても驚いたのですが、授業自体を履修している生徒も多いようなので、もっと簡単な返信にしていただいて、出来れば返信が早くなるとうれしいです。

4. 後期に向けての要望
たまにレジュメの空欄が小さく、文字が書ききれないことがあるので、もう少し大きく空欄をとっていただきたいです。

5. 参考文献
船橋晴俊編. (2001). 加害と被害の解決過程(講座 環境社会学 第2巻). 有斐閣
船橋晴俊. (1995). 環境問題への社会学的視座. (環境社会学研究). 新曜社. 5-20項.
船橋晴俊. (1985). 社会問題としての新幹線公害. 船橋晴俊・長谷川公一・畠中宗一・勝田晴美. 新幹線公害−高速文明の社会問題. 有斐閣. 所収.
梶田孝道. (1988). テクノクラシーと社会運動−対抗的相補性の社会学. 東京大学出版社
船橋晴俊. (1998). 現代市民的公共圏と行政組織−自存化傾向の諸弊害とその克服. 青井和夫・高橋徹・庄司興吉. 現代市民社会アイデンティティ−21世紀の市民社会と共同性:理論と展望. 梓出版社. 所収.